日韓併合

近年「朝鮮は植民地では無かった」など胡乱な言説を発しながら保守だという輩が跋扈している。保守であるなら拓殖省など先人が植民地として朝鮮を統治していた史実を知るべきです。

まず史実を知るには当時の直接の当事者の証言が大事でしょう。

まずは小松緑氏
1906年5月より統監府書記官に就任。
1907年4月統監府外務部外国課長、
1909年12月統監府参与官兼外務部長を経て、韓国併合後の
1910年10月に朝鮮総督府総務部外事局長となり、
1911年3月より朝鮮総督府総務部長官事務取扱、
1915年5月には朝鮮総督府中枢院書記官長兼朝鮮総督官房外事課長を歴任した。

外務官僚で朝鮮統監府の側から日韓併合を描いた
「朝鮮併合之裏面」小松緑著があります。

これに呼応するのが外務省側の倉知鐡吉氏
1897年に外務省参事官に転じ、統監府書記官などを歴任した。
1908年外務省政務局長に就任し、
1912年には外務次官に昇進した。
政務局長・次官在任中に日清協約、日露協約、韓国併合、条約改正などに関わった。

外務省の側から、また伊藤博文の生の声など興味深い
「韓國併合ノ経緯」倉知鐡吉氏述があります。これば読み辛かったので清書しました。
韓國併合ノ経緯

上記2書が日韓併合を語る上でのスタートラインでしょう。

また1909年明治42年の閣議決定も重要です。2項目の対韓政策を決めています。
韓國併合に關する件

日本は朝鮮を保護国とし、軍を駐箚し外交権を奪ってから併合し植民地とした。

これが史実です。史観としては「良い植民地支配だった」とか「悪い植民地支配だった」とか多々あるでしょう。「植民地にして損をした」っていうのもありだと思います。前記「韓國併合に關する件」の中でもしきりに時期を気にしていますが、これは不平等条約改正と列強国の動静を気にしているのだと思います。